プロフィール

はじめまして!当ブログを閲覧いただきありがとうございます。

着物ブログ「つなぐきもの」を運営している”ミムロ ヤスヨ”と申します。

呉服屋を営む家に生まれ幼少期より着物に親しみ、大阪の老舗呉服店&実家の呉服店勤務を経験。

現在は着物に関する知識・経験を活かして

  • 着物アドバイザー
  • 着物ライター

として活動しています。

経歴

まずは時系列で、現在にいたるまでの経歴を紹介します。

  1. 1998年:呉服屋の家に生まれ、幼少期より着物に親しむ
  2. 2007年:実家の呉服店を手伝いながら、地元の大学に通学
  3. 2009年:カナダ留学の経験から、着物を改めて好きになる
  4. 2011年:大学卒業後、大阪の老舗呉服店で3年間修業する
  5. 2014年:実家の呉服店に戻り、両親とともに働きはじめる
  6. 2017年:結婚
  7. 2019年:男児出産
  8. 2020年:新型コロナウイルスの影響で実家呉服店が倒産
  9. 2020年:地元企業に勤務しながら副業でライターをはじめる
  10. 2022年:着物の知識と経験を活かし、着物専門ライターとして開業&ブログ開設

着物が身近だった幼少期

創業100年を超える小さな呉服店を営む家に生まれ、幼少期から着物は身近なものでした。

七五三や成人式などの成長儀礼はもちろん、お正月や親戚の結婚式、お客様との着物パーティーなどで着物を着る機会は周りの同年代にくらべて多かったように思います。

着物を着ることに抵抗はありませんでしたが、着物を着ることを特別喜ぶタイプでもありませんでした。

幼い頃はとくに「着物大好き!」というわけではありませんでした。

着物の魅力を再確認したカナダ留学

高校卒業後は地元の大学に通学しながら、実家の呉服店を手伝っていました。

大学の合間に、店番やダイレクトメール発送、掃除などを手伝う日々。

そんな私に転機が訪れます。それは大学3年生のときに経験した「カナダ留学」です。

留学中、カナダの友人を招くパーティーを日本人留学生で主催したときのこと。
「せっかくだから浴衣を着ておもてなしをしよう!」
との案が上がり、自分も浴衣を着用し、友人の着付けを担当しました。

日本人留学生全員が浴衣を着てもてなすパーティーを、カナダの友人たちがとても喜んでくれたことが衝撃的でした。

「和服は日本人が誇る民族衣装だ!」と改めて実感した出来事でした。

実家の呉服店を継ぐために大阪の呉服店に修業へ

着物の魅力を再確認した私は、実家の呉服店の跡を継ぐ決意を固めます。

実家の跡取りといっても、大学卒業後にそのまま実家で働きはじめたわけではありません。

着物の世界は奥が深く、学ばなければならないことが多くあります。
そのまま実家に入ったら甘えが出てしまう…感じ、別の呉服店で”修業”させてもらうことになりました。

昔ながらの「丁稚奉公(でっちぼうこう)」のような形です。

※丁稚奉公(でっちぼうこう)=見習いとして働きながら、職人や先輩の仕事を学ばせてもらうこと。

京都の問屋さんのご紹介で、大阪の老舗呉服店で修業生として3年間勤務させてもらいました。

厳しくもありがたい修業時代

呉服店の修業生は、店の雑用等をこなしながら着物の知識を学ぶ立ち位置です。

店の先輩の運転手やDM発送業務などの雑用をしながら、店頭での接客販売や着付け教室の運営なども行うためなかなか忙しい立ち位置です。さらに着物に関する知識も実務経験のなかで覚えていきます。

厳しくもあたたかい大阪のおばちゃんに鍛えてもらいつつ、着物に関する幅広い知識と経験を習得することができました。

着物に関する知識や経験は、修業時代に得たものが大きいです。

両親とともに実家の呉服店を営む

3年間の丁稚奉公=修業を終え、実家の呉服店に戻り両親と働きはじめました。

小さな呉服店ではありましたが、昔から地元の皆さまに親しまれる創業100年を超える老舗。私はその7代目でした。
素敵なお客様方にかこまれて、両親とともに楽しく働かせていただく日々。
父の経営のもと、主に以下の業務を担当しました。

  • 店頭での接客販売
  • 着物の仕入れ(バイヤー業務)
  • お手入れ、クリーニングの対応
  • 毎月の催事企画
  • 催事のダイレクトメール作成
  • ホームページ運営
  • ブログ執筆
  • 着付け教室運営
  • 毎月のお出かけ会の開催

結婚と出産を経て実家に戻ったとき、あの緊急事態が訪れます。

新型コロナウイルスの感染拡大・実家呉服店の倒産

息子出産後、保育園の入園が決まり実家の呉服店に戻った2020年、新型コロナウイルスが感染拡大。

感染拡大前と世界の様子が大きく変わってしまいました。

お客様の来店は激減、売り上げに悩む日々が続きました。

ホームページのブログでの着物販売やECサイトの運営もはじめましたが、小さな店でできることには限りがあり、次第に店が立ちいかなくなっていきました。

実家呉服店の倒産・地元企業への転職

コロナウイルスの影響を大きく受けるなか、実家の呉服店が倒産。

つらい日々を送る中でしたが、転職活動をし、地元の企業に転職することができました。

転職先では、提案書を作成する仕事を担当。

転職先でのこの仕事が、現在の仕事の大きなきっかけとなりました。

「文章を書くのが楽しい!」副業でグルメライターをはじめる

転職先では、提案書作成のために文章を執筆することが主な業務でした。

業務に取り組むことで「昔から文章を書くのが好きだった自分」を思い出し、執筆が楽しくなっていきました。

「もっと文章を書きたい!」と思っていた矢先、地元情報誌の「グルメライター募集」の求人を発見。
すぐに応募、見事採用を勝ち取り、副業で地元グルメ誌のライターをはじめることになったのです。

コロナ感染をきっかけに「webライター」の仕事に出会う

地元企業での仕事と副業のグルメライターの仕事とで充実した日々を送っていたある日。

子どもの保育園でコロナウイルスが流行。息子も感染し、一家でコロナに罹患しました。
比較的症状が軽くなった自宅療養中「なにかできる仕事はないかな?」とネットサーフィンをしていたときにたまたま目にしたのが私の今後を変える「webライター」の仕事でした。

副業でwebライターの仕事を開始!

グルメライターだけでなくwebライターの仕事もはじめたことで、「文章を書く仕事」がますます楽しくなっていきました。

「着物専門のライター」へ

地元企業に勤めるかたわら副業でwebライターとして活動する中、着物に関するwebライターの仕事を多くいただけるようになっていきました。

幼少期からつちかってきた着物の知識や経験をライターの仕事を通して活かすことができる…
自分の知識や経験が記事を読んでくれた方たちのお役に立てる…
そのことが何よりの喜びでした。

実家が倒産したときは、再び着物に関する仕事ができるとは思っていませんでした。

次第に副業ではなくライターの仕事をメインにしたいと強く思いはじめ、地元企業を退社して専業ライターとして開業し現在にいたります。

ブログを通して着物を身近に感じてもらいたい

web記事を通して着物に関するアドバイスを行う着物アドバイザー&ライターをしながら、当ブログを運営しています。

ブログタイトルの「つなぐきもの」は、皆さまに着物をより身近に感じてもらうための”着物と人とをつなぐメディア”を目指したいという思いから名付けました。

日本の美しい伝統文化である”着物”をすべての方がもっと身近に楽しめるよう、皆さまのお役に立つ記事をご提供したいと思っています。

それが自分を育ててくれた両親、代々呉服店を営み命をつないでくれたご先祖様、修業先の皆さま、今までお世話になった問屋さんやお客様に報い応えることではないかと思うのです。

着物にふれる皆さまの心配事やお悩みを解決できるように、着物をさらに楽しめるようにこのブログをお役立てくださると幸いです。

このブログが着物と皆さまを”つなぐ”お役にたてますように!